徳岡神泉
《椿》 1922年 100.0×84.5
この作品の中の時刻は、いつなのでしょう。
……夕刻かな、と思いました。
少し暮れ始め、金色がかった柔らかい光の中に佇む、1本の椿。
作品に背景は描かれていません。
ですが、日常の夕刻、ふと似たような光を浴びた時。
この穏やかな佇まいが心に呼び起こされることがあります。
街の中で。
公園で。
……時には、ビルの谷間で。
雑踏や喧騒の中、もしくは一見似つかわしくないコンクリートやアスファルトに囲まれた場所にさえ、突如この椿の姿は重なり。
水を打ったように静寂を広げ、直前まで確かに周囲にあったはずの背景を霞ませる。
作品が生まれた当時、ビル街など存在しなかったはず。
にも関わらず、椿はふらりと心に現れ、驚く程当たり前に溶け込み、瞬く間に消え去る。
圧倒的な存在感と、懐かしい風の香りだけを残して。
心に棲みつく《椿》は……。
ネコノヒゲにとって、ユグドラシルのポジションにあたるような作品なのかもしれません。