リゾートバイト 〜後日談〜

あの後、俺達は死んだように眠り、坊さんの声で目を覚ました。

 



 

坊「皆さん、起きれますか?」

 

特別寝起きが悪いAをいつものように叩き起こし、俺達は坊さんの前に3人正座した。

 

坊「皆さん、昨日は本当によく頑張ってくれました。

 

無事、憑き祓いを終えることができました」

 

そう言って坊さんは優しく笑った。

 

俺達は、その言葉に何と言っていいか分からず、曖昧な笑顔を坊さんに向けた。

 

聞きたいことは山ほどあったのに、何も言い出せなかった。

 

 

すると坊さんは俺達の心中を察したのか、

 

坊「あなたたちには、全てお話しなくてはなりませんね。お見せしたい物があります」

 

と言って立ち上がった。

 

坊さんは家を出ると、俺達を連れて寺の方に向かった。

 

 

石段を上る途中、Bはキョロキョロと辺りを警戒する仕草を見せた。

 

それにつられて俺も、昨日見たアイツの姿を思い出して同じ行動を取った。

 

それに気づいた坊さんは、俺達に聞いた。

 

坊「もう大丈夫のはずです。どうですか?」

 

B「大丈夫・・何も見えません」

 

俺「俺も平気です」

 

その返事を聞くと坊さんはにっこりと笑った。

 

 

大きな寺に着くと、ここが本堂だと言われた。

 

坊さんの後ろに続いて寺の横にある勝手口から中に入り、さっきまで居た座敷とさほど変わらない部屋に通された。

 

 

坊さんは俺達にここで少し待つように言うと、部屋を出て行った。

 

Bは落ち着かないのか貧乏揺すりを始めた。

 

暫くすると、坊さんは小さな木箱を手に戻って来た。

 

そして俺達の対面に腰を下ろすと、

 

坊「今回の事の発端をお見せしますね」

 

と言って箱を開けた。

 

 

3人で首を伸ばして箱の中を覗き込んだ。

 

そこには、キクラゲがカサカサに乾燥したような、黒く小さい物体が綿にくるまれていた。

 

AB俺(何だこれ?)

 

よく見てみるが分からない。

 

だがなんとなく、どっかで見たことのある物だと思った。

 

俺は暫く考え、咄嗟に思い出した。

 

 

昔、俺がまだ小さい頃、母親がタンスの引き出しから大事そうに木の箱を持ってきたことがあった。

 

そして箱の中身を俺に見せるんだ。すげー嬉しそうに。

 

箱の中には綿にくるまれた黒くて小さな物体があって、俺はそれが何か分からないから母親に尋ねたんだ。

 

そしたら母親は言ったんだ。

 

「これはねぇ、臍(へそ)の緒って言うんだよ。お母さんと、○○が繋がってた証」

 

俺は子供心に(なんでこんなの大事そうにしてるんだろ?)って思った。

 

 

目の前にあるその物体は、あの時に見た臍の緒に似ているんだと思った。

 

A「これ何ですか?」

 

坊「これは、臍の緒ですよ」

 

というか似てるもなにも臍の緒だった。

 

A「俺初めて見たかも」

 

B「おれ見たことある」

 

俺「俺も」

 

坊「みなさん親御さんに見せてもらったのでしょう。

 

こういうものは、大切に取っておく方が多いですから」

 

 

坊「この臍の緒も、それはそれは大切に保管されていたものなのです」

 

俺たちは黙って坊さんの話を聞いていた。

 

坊「母親の胎内では、親と子は臍の緒で繋がっております。

 

今ではその絆や出産の記念にと、それを大切にする方が多いですが、臍の緒には色々な言い伝えがあり、昔はそれを信じる者も多かったのです」

 

B「言い伝え?」

 

坊「そうです。昔の人はそういう言い伝えを非常に大切にしておりました。今となっては迷信として語られるだけですが」

 

そう前置きをして坊さんは臍の緒に関する言い伝えを教えてくれた。

 

 

主に“子を守る”という意味を持っているが、解釈は様々。
“子が九死に一生の大病を患った際に煎じて飲ませると命が助かる”とか“子に持たせるとその子を命の危険から守る”というのがあって、親が子供を想う気持ちが込められているところでは共通しているらしい。

 

俺たちはその話を聞いて、「へぇ〜」なんて間抜けな返事をしていた。

 

 

坊さんは一息入れると、微かに口元を上げて言った。

 

坊「ひとつ、この土地の昔話をしてもよろしいですか?

 

今回の事に関わるお話として聞いいただきたいのです」

 

俺達は坊さんに頷いた。

 

 

ここから、坊さんの話が始まる。

 

結構長くて、正確には覚えてない、所々抜け落ち部分があるかも。

 

 

坊「この土地に住む者も、臍の緒に纏わる言い伝えを深く信じておりました。

 

土地柄、ここでは昔から漁を生業として生活する者が多くおりました。

 

漁師の家に子が生まれると、その子は物心がつく頃から親と共に海に出るようになります。

 

ここでは、それがごく普通のしきたりだったようです」

 

 

坊「漁は危険との隣り合わせであり、我が子の帰りを待つ母親の気持ちは、私には察するに余りありますが、それは深く辛いものだったのでしょう。

 

母親達はいつしか、我が子に御守りとして臍の緒を持たせるようになります」

 

 

坊「海での危険から命を守ってくれるように、そして行方のわからなくなったわが子が、自分の元へと帰ってこれるようにと」

 

俺「帰ってくる?」

 

俺は思わず口を挟んだ。

 

坊「そうです。まだ体の小さな子は波にさらわれることも多かったと聞きます。

 

行方の分からなくなった子は、何日もすると死亡したことと見なされます。

 

しかし、突然我が子を失った母親は、その現実を受け入れることができず、何日も何日もその帰りを待ち続けるのだそうです」

 

 

坊「そうしていつからか、子に持たせる臍の緒には、“生前に自分と子が繋がっていたように、子がどこにいようとも自分の元へ帰ってこれるように”と、命綱の役割としての意味を孕むようになったのだと言います」

 

 

皮肉な話だと思った。

 

本来海の危険から身を守る御守りとしての役割を成すものが、いざ危険が起きたときの命綱としての意味も持ってる。

 

母親はどんな気持ちで子どもを送り出してたんだろうな。

 

坊「実際、臍の緒を持たせていた子が行方不明になり無事に帰ってくることはなかったそうです」

 

坊「しかしある日、“子供が帰ってきた”と涙を流して喜ぶ1人の母親が現れます。これを聞いた周囲の者はその話を信用せず、とうとう気が狂ってしまったかと哀れみさえ抱いたそうです。

 

何故なら、その母親が海で子を失ったのは3年も前のことだったからです」

 

B「どこかに流れついて今まで生きてたとかじゃないんですか?」

 

坊「そうですね。始めはそう思った者もいたようです。そして母親に子供の姿を見せてほしいと言い出した者もいたそうなのです」

 

B「それで?」

 

坊「母親はその者に言ったそうです。“もう少ししたら見せられるから待っていてくれ”と」

 

 

どういう意味だ?

 

帰って来たら見せられるはずじゃないのか?

 

 

俺はこの時、理由もなく鳥肌が立った。

 

坊「もちろんその話を聞いて村の者は不審に思ったそうですが、子を亡くしてからずっと伏せっていた母親を見てきた手前、強く言うことができずそのまま引き下がるしかできなかったそうです」

 

坊「しかし次の日、同じ事を言って喜ぶ別の母親が現れるのです。そしてその母親も、子の姿を見せることはまだできないという旨の話をする。

 

村の者達は困惑し始めます。」

 

坊「前日の母親は既に夫が他界し、本当のところを確かめる術が無かったのですが、この別の母親には夫がおりました。

 

そこで村の者達は、この夫に真相を確かめるべく話を聞くことになったそうです」

 

坊「するとその夫は言ったそうです。“そんな話は知らない”と。母親の喜びとは反対に、父親はその事実を全く知らなかったのです。

 

村人達が更に追求しようとすると、“人の家のことに首を突っ込むな”とついには怒りだしてしまったそうです」

 

 

まあ、そうだよな。

 

何にせよ周りの人に家の中のことをごちゃごちゃ聞かれたらいい気はしないだろうな、なんて思ったりもした。

 

 

坊「その後何日かするとある村の者が、最初に子が戻ってきたと言い出した母親が、昨晩子共を連れて海辺を歩く姿を見たと言い出します。

 

暗くてあまり良く見えなかったが、手を繋ぎ隣にいる子供に話しかけるその姿は、本当に幸せそうだったと。

 

この話を聞いた村の者達は皆、これまでの非を詫びようと、そして子が戻ってきたことを心から祝福しようと、母親の家に訪ねに行くことにしたそうです」

 

坊「家に着くと、中から満面の笑顔で母親が顔を出したそうです。村の者達はその日来た理由を告げ、何人かは頭を下げたそうです。
すると母親は、“何も気にしていません。この子が戻って来た、それだけで幸せです”と言いながら、扉に隠れてしまっていた我が子の手を引き寄せ、皆の前に見せたそうです」

 

坊「その瞬間、村の者達はその場で凍りついたそうです」

 

AB俺「・・・」

 

坊「その子の肌は、全身が青紫色だったそうです。

 

そして体はあり得ない程に膨らみ、腫れ上がった瞼の隙間から白目が覗き、辛うじて見える黒目は左右別々の方向を向いていたそうです。

 

そして口から何か泡のようなものを吹きながら母親の話しかける声に寄生を発していたそうです。

 

それはまるでカラスの鳴き声のようだったと聞きます。

 

村の者達は、子供の奇声に優しく笑いかけ、髪の抜け落ちた頭を愛おしそうに撫でる母親の姿を見て、恐怖で皆その場から逃げ出してしまったのだそうです」

 

坊「散り散りに逃げた村の者達はその晩、村の長の家に集まり出します。

 

何か得体の知れないものを見た恐怖は誰一人収まらず、それを聞いた村の長は自分の手には負えないと判断し、皆を連れてある住職の元へ行くことにします。

 

その住職というのが、私のご先祖に当たる人物らしいのですが・・」

 

坊「相談を受けた住職は、事の重大さを悟りすぐさま母親の元に向かいます。

 

そして母親の横に連れられた子を見るや、母親を家から引きずり出し寺へと連れて帰ったそうです。

 

その間も、その子は住職と母親の後をずっと付いてきて奇声を発していたのだとか」

 

坊「寺に着くとまず結界を強く張った一室に母親を入れ、話を聞こうとします。

 

しかし、一瞬でも子と離れた母親は、その不安からかまともに話をできる状態ではなかったと聞きます。

 

ついには子供を返せと、住職に向かってものすごい剣幕で怒鳴り散らしたのだそうです」

 

A「それでどうなったんですか?」

 

坊「子を想う母は強い。住職が本気で押さえ込もうとしたその力を跳ね飛ばし、そのまま寺を飛び出してしまったのだそうです」

 

坊さんは少し情けなそうな顔をしてそう言った。

 

坊「その後、村の者と従者を何人か連れて母親の家に行きましたが、そこに母と子の姿はなかったそうです。

 

そして家の中には、どこのものかわからない札が至る所に貼り付けられ、部屋の片隅には腐った残飯が盛られ異臭が立ち込めていのだとか」

 

 

この時俺は思った。あの旅館の2階で見たものと同じだと。

 

 

坊「そこに居た皆は同じことを思いました。

 

母親は子を失った悲しみから、ここで何かしらの儀を行っていたのだと。

 

そして信じ難いことだが、その産物としてあのようなモノが生まれたのだと。

 

その想いを悟った村の者達は、母親の行方を村一丸になって捜索します」

 

坊「住職はすぐさま従者を連れ、もう一人の母親の家に向かいますが、こちらも時既に遅しの状態だったそうです。

 

得体の知れないモノに語りかけ、子の名前を呼ぶ母親に恐怖する父親。

 

その光景を見た住職は、経を唱えながらそのモノに近づこうとしますが、子を守る母親は住職に白目を向き、奇声を発しながら威嚇してきたのだそうです」

 

 

現実味のない話だったのに、なぜかすごく汗ばんだ。

 

 

坊「村の者は恐れ、一歩も近寄れなかったと言います。

 

しかし住職とその従者は臆することなくその母親とそのモノに近づき、興奮する母親を取り押さえ寺へ連れ帰ります。

 

暴れる母親を抱えながら、背後から付いて来るモノに経を唱え、道に塩を盛りながら少しずつ進んだのだそうです」

 

坊「寺に着くと住職は母親をおんどうへ連れて行き、体を縛りその中に閉じ込めたのだそうです」

 

A「そんなことを・・」

 

Aが哀れみの声を出した。

 

坊「仕方がなかったのです。親と子を離すのが先決だった、そうしなければ何もできなかったのでしょう」

 

坊さんがしたことではないが、Aは坊さんから顔を背けた。

 

少しの沈黙の後、坊さんは続けた。

 

坊「母親の体には自害を防ぐための処置が施されたようですがその詳細は分かりません。

 

その後、おんどうの周りに注連縄を巻きつけ、住職達はその周りを取り囲むようにして座り経を唱え始めたそうです。

 

中から母親の呻き声が聞こえましたが、その声が子に気づかれぬよう、全員で大声を張り上げながら経を唱えたそうです」

 

坊「住職達が必死に経を唱える中、いよいよ子の姿が現れます。

 

子は親を探し、おんどうの周りをぐるぐると回り始めます。

 

何を以って親の場所を捜すのか、果たして経が役目を成すのかもわからない状態で、とにかく住職達は必死に経を唱えたのです」

 

そこで坊さんは一息ついた。

 

 

B「それで、どうなったんですか?」

 

Bの声は恐る恐るといった感じだった。

 

 

坊「おんどうの周りを回っていたそのモノは、次第に歩くことを困難とし、四足歩行を始めたそうです。

 

その後、四肢の関節を大きく曲げ、蜘蛛のように地を這い回ったそうです。

 

それはまるで、人間の退化を見ているようだったと。

 

その後、なにやら呻き声を上げたかと思うとそのモノの四肢は失われ、芋虫のような形態でそこに転がっていたのだとか」

 

坊「そしてそのモノは夜が明けるにつれて小さくすぼみ、最終的に残ったのが、臍の緒だったのです」

 

 

俺は、坊さんの話に聞き入っていた。

 

まるで自分達の話に毛が生えて、昔話として語られているような感覚だった。

 

 

するとAが聞いたんだ。

 

A「え、もしかしてその臍の緒って・・」

 

すると坊さんは静かに答えた。

 

坊「今朝、おんどう奥の岩の上に転がっていたものです」

 

B「マジかよ・・」

 

Bは呆然として呟いた。

 

俺「なんで?なんで俺達なんですか?」

 

坊「詳しくはわかりません。この寺には、代々の住職達の手記が残されていますが、母親でない者にこのような現象が起きた事例は見当たりませんでした」

 

坊「何より、肝心の母親の行った儀式について。これがまだ謎に包まれたままなのです」

 

B「母親に聞かなかったんですか?」

 

坊「聞かなかったのではなく、聞けなかったのです」

 

ポカンとしていると坊さんはまた話し始めた。

 

坊「住職達がおんどうを開け中を確認すると、疲れ果ててぐったりした母親がいたそうです。

 

子を求めて一晩中叫んでいたのでしょう。すぐさま母親を外に運びだし手当てをしましたが、目を覚ました時には、母親は完全に正気を失っておりました。

 

二度も子を失った悲しみからなのか、はたまた何か禍々しいモノの所為なのか、それも分かりかねますが」

 

坊「そして村の者が捜索していたもう一人の母親ですが、一晩経を読み上げ疲れ果てた住職達の元に、発見の知らせが届いたそうです。近海の岸辺に遺体となって打ち上げられていたと。

 

母親は体中を何かに食い破られており、それでいて顔はとても幸せそうだったとあります。

 

何が起きたのかはわかりませんが、住職の手記にはこうありました。”子に食われる母親の最後は、完全な笑顔だった”と。」

 

 

信じられないような話なんだが、俺達は坊さんの話す言葉一つ一つをそのまま飲み込んだ。

 

 

坊「遺体となって見つかった母親の家は、村の者達による話し合いで取り壊されることとなり、その際に家の中から母親の書いたものらしいメモが見つかったそうです」

 

そう言って坊さんはそのメモの内容を俺達に説明してくれた。

 

簡単に言うと、儀式を始めてからの我が子を記録した成長記録のようなものだったそうだ。

 

どんな風に書かれていたのかは憶測でしかないんだが、内容は覚えているので以下に書く。わかりづらいかも。

 

 

○月?日 堂の作成を開始する

 

×月?日 変化なし

 

 

・・・

 

 

△月?日 △△(子の名前)が帰ってくる

 

△月?日 移動が困難な状態

 

△月?日 手足が生える

 

△月?日 はいはいを始める

 

△月?日 四つ足で動き回る

 

△月?日 言葉を発する

 

△月?日 立つ

 

 

この成長記録に、母親の心情がビッシリと書き連ねてあったらしい。

 

ちなみに、もう一人の母親は、屋根裏に堂を作っていたらしく、父親はその存在に全く気づいていなかったのだそうだ。

 

坊「私もすべてを理解しているとは言えませんが、この母親の成長記録と住職の手記を見比べると、そのモノは自分の成長した過程を遡るようにして退化していったと考えられませんか?」

 

確かにその通りだと思った。

 

そして坊さんは、それ以上の言及を避けるように話を続けた。

 

 

坊「これ以降手記には、非常に稀ですが同じような事象の記述が見られます。

 

だがその全てに、母親達がいつどのようにしてこの儀を知るのかが明記されていないのです。

 

それは全ての母親が、命を落とす若しくは、話すこともままならない状態になってしまったことを意味しているのです」

 

坊さんは早期に発見できないことを悔やんでいると言った。

 

坊「今回の現象は初めてのことで、私自身もとても戸惑っているのです。

 

何故母親ではないあなたがそのモノを見つけてしまったのか。

 

子の成長は母親にしか分からず、共に生活する者にもそれを確認することはできないはずなのです」

 

 

そんなデタラメな話有りなのか?と思った。

 

 

そしてBが、話の核心を知ろうと、恐る恐る質問した。

 

B「あの、母親って、・・・もしかして女将さんなんですか?」

 

坊さんは少し黙り、答えた。

 

坊「その通りです」

 

坊「真樹子さんは、この村出身の者ではありません。

 

○○さん(旦那さんの名前)に嫁ぎこの村にやってきました。

 

息子を一人儲け、非常に仲の良い家族でした」

 

そう言って話してくれた坊さんの話の内容は、大方予想が付いていたものだった。

 

 

女将さんの一人息子は、数年前のある日海で行方不明になったそうだ。

 

大規模な捜索もされたが、結局行方は分からなかったらしい。

 

 

悲しみに暮れた女将さんは、周囲から慰めを受け、少しずつだが元気を取り戻していったそうだ。

 

旅館もそれなりに繁盛し、周囲も事件のことを忘れかけた頃、急に旅館が2階部分を閉鎖することになったんだって。

 

周りは不振に思ったが、そこまで首を突っ込むことでもないと、別段気にすることはなかったそうだ。

 

そしてこの結果だ。

 

 

女将さんは、どこから情報を得たのか不明だが、あの2階へ続く階段に堂を作り上げそこで儀式を行っていた。

 

そしてその産物が俺達に憑いてきたという訳だが、ここがこれまでの事例と違うのだと坊さんは言った。

 

本来儀式を行った女将さんに憑くはずの子が、第3者の俺達に憑いたんだ。

 

 

 

考えられる違いは、女将さんは息子に臍の緒を持たせていなかったということ。

 

そこの村の人達は、昔からの風習で未だに続けている人もいるらしいが、女将さんはその風習すら知らなかった。

 

これは旦那さんが証言していたらしい。

 

 

そして妙な話だが、旅館の2階を閉鎖したというのに、バイトを3人も雇った。

 

旦那さんも初めは反対したそうだが、女将さんに「息子が恋しい。同年代くらいの子達がいれば息子が帰ってきたように思える」と泣きつかれ、渋々承知したそうなんだ。

 

これは坊さんの憶測なんだが、女将さんは初めから、帰ってきた息子が俺達を親として憑いていくことを知っていたんではないかということだった。

 

 

結局これらのことを俺達に話した後坊さんはこう言った。

 

坊「あなた達をあのおんどうに残したこと、本当に申し訳なく思います。

 

しかし、私は真樹子さんとあなた達の両方を救わなければならなかった。

 

あなた達がここにいる間、私達は真樹子さんを本堂で縛り、先代が行ったように経を読み上げました。

 

あのモノがおんどうへ行くのか、本堂へ来るのか分からなかったのです」

 

つまり、俺達に憑いてきてはいるが、これまでの事例からいくと母親の女将さんにも危険が及ぶと、坊さんはそう読んでいたってことだ。

 

 

俺は、別に坊さんが謝ることじゃないと思った。

 

それにこの人は命の恩人だろ?と思ってBを見ると、肩を震わせながら坊さんを睨み付けて言ったんだ。

 

 

B「納得いかない。自分の息子が帰ってくりゃ人の命なんてどーでもいいのか?」

 

坊「・・」

 

B「全部吐かせろよ!なんでこんな目に遭わせたのか、それができないなら俺が直接会って聞いてやる」

 

B「旦那さんだって知ってたんだろ?それなのに何で言わなかったんだ?」

 

坊「○○さんは知らなかったのです」

 

B「嘘つくな。知ってるようなこと言ってたんだ」

 

坊「この話は、この土地には深く根付いています。○○さんが知っていたのは伝承としてでしょう」

 

 

坊さんが嘘を吐いているようには見えなかった。

 

だがBの興奮は収まりきらなかったんだ。

 

 

B「ふざけんじゃねーぞ。早く会わせろ。あいつらに会わせろよ!」

 

俺達はBを取り押さえるのに必死だった。

 

坊さんは微動だにせず、Bの怒鳴り声を静かに聞いていた。

 

そして、
坊「この話をすると決めた時点で、あなた達には全てをお見せしようと思っておりました。

 

真樹子さんのいる場所へ案内します」

 

と言って立ち上がったんだ。

 

 

坊さんの後を付いて、しばらく歩いた。

 

本堂の中にいるかと思っていたんだが、渡り廊下みたいなのを渡って離れのような場所に通された。

 

近づくにつれて、なにやら呻き声と何人かの経を唱える声が聞こえてきた。

 

そして、その声と一緒に、

 

バタンッバタン

 

という音が聞こえた。かなりでかかった。

 

離れの扉の前に立つと、その音はもうすぐそこで鳴っていて、中で何が起きているのかと俺は内心びくびくしていた。

 

 

そして坊さんが離れの扉を開けると、そこには女将さん一人とそれを取り囲む坊さん達が居た。

 

俺達は全員、言葉を発することができなかった。

 

女将さんは、そこに居たというか・・なんか跳ねてた。エビみたいに。うまく説明できないんだが。

 

寝た状態で、畳の上で、はんぺんみたいに体をしならせてビタンビタンと跳ねていたんだ。

 

 

人間のあんな動きを俺は初めてみた。

 

そして時折苦しそうにうめき声を上げるんだ。

 

 

俺は怖くて女将さんの顔が見れなかった。

 

正直、前の晩とは違う、でもそれと同等の恐怖を感じた。

 

 

呆然とする俺達に坊さんは言った。

 

坊「この状態が、今朝から収まらないのです」

 

するとAが耐え切れなくなり、

 

A「俺、ここにいるのキツイです」

 

と言ったので、一旦外に出ることになった。

 

 

音を聞くことさえ辛かった。

 

つい昨日の朝に見た女将さんの姿とは、まるで別人の様になっていた。

 

 

そこから少し離れたところで俺達は坊さんに尋ねた。

 

憑き物の祓いは成功したのではないかと。

 

坊「確かに、あなた達を親と思い憑いてきたものは祓うことができたのだと思います。

 

現にあなた達がいて、ここに臍の緒がある。しかし・・」

 

すると急にBが言ったんだ。

 

B「そうか・・俺が見たのは、1つじゃなかったんだ」

 

 

初めは何のことを言ってるのかわからなかったんだが、そのうちに俺もピンときた。

 

Bはあの時、2階の階段で複数の影を見たと言っていなかったか?

 

坊「1つではないのですか?」

 

坊さんは驚いたように聞き返し、Bがそうだと答えるのを見ると、また少し黙った。

 

そして暫く考え込んでいたかと思うと急に何かを思い出したような顔をして、俺達に言ったんだ。

 

坊「あなた達は鳥居の家に行ってください。

 

そしてあの部屋を一歩も出ないでください。後で人を行かせます」

 

ポカンとする俺達を置いて、坊さんはそのまま女将さんのいる離れの方に走って行った。

 

 

俺達は急に置いてけぼりを食らい、暫く無言で突っ立っていた。

 

すると離れの方から、複数の坊さんが大きな布に包まった物体を運び出しているのが見えた。

 

その布の中身がうねうねと動いて、時折痙攣しているように見えた。

 

あの中にいるのは女将さんだと全員が思った。

 

そのままおんどうの方に運ばれていく様を、俺達は呆然と見ていたんだ。

 

 

ふとお互い顔を見合わせると、途端に怖くなり、俺たちは早足で家に向かった。

 

 

そこからは、説明することが何も無いほど普通だった。

 

家に行って暫くすると、別の坊さんがやって来て「ここで一晩過ごすように」と言われた。

 

そしてその坊さんは俺たちの部屋に残り、微妙な雰囲気の中4人で朝を迎えたというわけ。

 

 

次の朝、早めに目が覚めた俺達がのん気にめざにゅ〜を見ていると、坊さんがやって来た。

 

俺達は坊さんの前に並んで話を聞いた。

 

坊さんは俺達の憑き祓いは完全に終わったと言った。

 

昨日言っていた通り、俺達に憑いてきたモノは一匹で、それは退化を遂げて消滅したのを確認したんだと。

 

俺達はそれを聞いて安堵した。

 

しかし坊さんはこう続けた。

 

女将さんを救うことができなかったと。

 

泣きそうなのか怒っているのか、なんとも言えない表情を浮かべてそう言った。

 

死んだのかと聞くと、そうではないと言うんだ。

 

俺はその言葉から、女将さんが跳ね回っている姿を思い出した。

 

(ずっとあの状態なのか・・?)

 

恐る恐るそれを聞くと、坊さんは苦い顔をしただけで、肯定も否定もしなかった。

 

 

女将さんの今の状態は、憑きものを祓うとかそういう次元の話ではなく、何かもっと別のものに起因してるんだって。

 

詳しくは話してくれなかったんだが、女将さんが行った儀式は、この地に伝わる「子を呼び戻す儀」と似て非なるものらしい。

 

どこかでこの儀の存在と方法を知った女将さんは、息子を失った悲しみからこれを実行しようと試みる。

 

だが肝心の臍の緒は自分の手元にあったわけだ。

 

こっからは坊さんの憶測なんだが、女将さんはこれを試行錯誤しながら完成系に繋げたんじゃないかということだった。

 

自分の信念の元に。そしてそこから得た結果は、本来のものとは別のものだった。

 

堂には複数のモノがおり、そこに息子さんがいたかは分からないと。

 

 

坊さんが言ってた。

 

この儀の結末は、非常に残酷なものでしかないんだと。

 

それを重々承知の上で、母親達は時にその禁断の領域に足を踏み入れてしまう。

 

子を失う悲しみがどれ程のものなのか、我々には推し量ることしかできないが、心に穴の開いた母親がそこを拠り所としてしまうのは、いつの時代にもあり得ることなのではないかと。

 

Bは、女将さんのこれからを執拗に聞いていたが、坊さんは何も分からないの一点張りで、俺たちは完全に煙に巻かれた状態だった。

 

俺達が坊さんと話終えると、部屋に旦那さんが入ってきた。

 

俺は正直ぎょっとした。

 

 

顔が土色になって、明らかにやつれ切った顔をしてたんだ。

 

そして、俺達の前に来ると泣きながら謝って来た。

 

 

泣きすぎて何を言ってるのかは全部聞き取れなかったんだけど、俺達は旦那さんのその姿を見て誰も何も言えなかった。

 

俺達に申し訳ないことをしたと泣いているのか、それとも女将さんの招いた結果を思って泣いているのか、どっちだったんだろうな。

 

今となってはわかんねーな。

 

 

その後、俺達は何度も坊さんに確認した。

 

これ以降俺達の身には何も起きないのか?と。

 

すると坊さんは困ったような顔をしながら「大丈夫」だと言った。

 

その後、坊さんの所にタクシーを呼んでもらって俺達は帰ることになった。

 

一応、昨日の朝俺を家まで運んでくれたおっさんが駅まで同乗してくれることになったんだが。

 

このおっさんがやたら喋る人で、それまでの出来事で気が沈んでる俺達の空気を一切読まずに一人で喋くりまくるんだ。

 

そんでこのおっさんは

 

「それにしても、子が親を食うなんて、蜘蛛みたいな話だよなぁ」

 

と言ったんだ。

 

俺達は胸糞悪くなって黙ってたんだけど、おっさんは一人で続けた。

 

「お前達、ここで聞いた儀法は試すんじゃねーぞ。自己責任だぞ」

 

そう言って笑うんだ。

 

俺達の気持ちを和らげようとして言ってるのか本気でアホなのかわかんなかったけど、一つ確かなことがあった。

 

俺達は、坊さんに真実を隠されて教えられたんだ。

 

儀の方法は、その結果と一緒にこの地に伝わってるんだ。

 

このおっさんが知ってて坊さんが知らないはずないだろ?

 

そう思うと、これだけの体験をさせといて、結局は大事なところを隠して話されたことにすげーショックを受けた。

 

坊さんを信用していた分、なんか怒りにも似たものが湧き上がってきたんだ。

 

 

タクシーが駅に着くと、おっさんが金を払うと言ったが俺達は断った。

 

早くこの場所から逃げ出したい、その一心だった。

 

坊さんが「大丈夫」と言った一言も、全部嘘に思えてきた。

 

それでも俺達には、あの寺に戻る勇気はなくて、帰りの電車をただただ無言で待つことしかできなかったんだ。

 

 

 

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その後、帰って来てからは、なんともない。

 

まあ、なんともないからここに書き込めてるわけだけど。

 

 

「もう2度とあの場所へは行かない」

 

3人で話してると必ず1回はその言葉が出てくるくらい、俺達にとってトラウマになった出来事だったんだ。

 

 

あと、Bはあれから蜘蛛を見るのがどうもダメらしい。

 

成長過程のアイツの姿を見てるからね。

 

 

俺はと言うと、今は普通に社会人やってます。

 

若干暗闇が苦手になったくらい。

 

人間のど元過ぎれば熱さ忘れるって、あながち間違いじゃないかもしれないな。

 

 

本当の本当に後日談なんだが、その話を残りの友達2人に話したんだ。

 

2人とも俺達3人の様子を見て、一応信じてはくれたんだけど。

 

 

でもそいつらその後に、興味半分で旅館に電話を掛けてみたんだって。(最低だろ)

 

そしたら、電話に出たのは普通のおばさんだったらしい。

 

 

そいつら俺達に言うんだよ。女将さんか確認しろって。そんで、後ろでカラスが異様に鳴いてるって言うんだ。

 

絶対無理だと思った。女将さんが無事でも無事じゃなくても、俺にはその後を知る勇気なんか出なかった。

 

 

 

 

タラタラ書いて正直すまなかった。

 

真相といっても的を得ない内容だったかもしれないが、ご勘弁願います。

 

これがありのままっす。オチなしですが。

 

 

長々読んでくれてどうもありがとう。

 

 

リゾートバイト 〜前編〜
リゾートバイト 〜後編〜

 

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