コンゴ共和国 サップ / サプール

実は数年前、「アフリカの某国に、お洒落に人生をかける男性陣の集団があるらしい」という話題(と画像)を小耳(と目)に挟んでいたのですが、当時、それ以上の補足説明がなかったために、「どこの国にも、お洒落好きっているんだな」「ゴクラクチョウっぽい色彩感覚が斬新だな」程度の認識でした。

 

まずはこの場をお借りし、認識不足に対する失礼をお詫びします。

 

そして「武器を捨て、エレガントに生きる」というコンセプトを体現するため、日々お洒落や自身の生き方を研鑽しておられるサプールの方々に敬意を表したいと思います。

 



 

先日TVのチャンネル操作中、不意に「サプール」という単語が耳に飛び込んできました。

 

状況としては、

 

「地球イチバン」という番組に当たる → 聞いたことのない単語で、そのまま観る → 自分の情報不足と誤認に気づいた という、大変幸運な出来事(葉巻やパイプで思い当りました)。

 

「アフリカのお洒落集団」とは、「コンゴ共和国の『サップ』」のこと。

 

 

サップ …… “La SAPE

 

※フランス語の Societe des Ambianceurs et des Personnes Elegantes 「おしゃれで優雅な紳士協会」の略

 

 

サップに所属するメンバーを、「サプール(Sapeur)=お洒落で優雅な紳士たち」と呼びます。

 

 

派手な色彩のスーツを中心に、頭から靴先まで隙なくびしっとコーディネート。

 

街をモデルのように闊歩し、時にステップを踏み、時にポーズを取りながら座る紳士達。

 

しかし、少々大袈裟とも取れる位のいでたちと振る舞いを包む背景は、洗濯物が無造作に掛けられたロープ・砂埃の立つ土壁の街角・無邪気に走り回る子供たち……。

 

 

当初、構図の意味が全く理解できず、むしろ「舗装していない道路を格好つけて歩いていたら、服や靴が汚れるのでは?」と見当違いの心配をしておりました。

 

しかし実際は、その背景からこそ生まれたのが「サップ」であり「サプール」。

 

 

サップには90年もの歴史があり、植民地時代が明けた後、間に内戦を経てなお受け継がれてきた精神・文化であり、サプールはそれを体現して周囲から尊敬を集める、所謂ヒーローのような存在。

 

 

ネコノヒゲの疑問点を元に、項目分けしてみました。

 

 

《サップ/サプール(=サペー)とは、職業の一種なのか?》

 

サップ/サプールとは、職業等の呼称ではありません。

 

日常、彼等の大半は一般の職業に従事しており、洋服は自ら働いて得た収入で購入しています。

 

そして土日のみ「サプール」として装いを改め、彼等の聖地であるに集うのです。

 

 

因みに、支出の40〜50%が衣服代(全てブランド品ばかり)。

 

(※TVで紹介された32歳の方は、シングルファーザー。過去8年分の給料分を服飾に注ぎ込み、ネクタイも数百本お持ちでした)

 

この割合が「世界一洋服にお金をかける男たち」と呼ばれる所以。

 

 

《サップの聖地》

 

聖地と呼ばれる場所は、バコンゴ(Bacongo)地区であれば会員制のバーやナイトクラブ“La Main Blueue(ラ・マンブルー)”“BABA BOUM(ババ・ボウム)”“La Detente(ラ・デテント)”等。

 

347 Rue Mbama Brazzaville

 

これらの店に、毎週土日、各地区から選ばれたサプール達が集結し、お洒落を競います。

 

(※コンテストではなく、お洒落上級者の集うサロンのようなもの)

 

また、この中で更に、トップである「チャンピオン(King of Kingsのような感じ?)」を選出しています。

 

 

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CREDIT: ANET INC./SAP Division

 

《サプールは、具体的に何をする人を指すのか?》

 

ファッションの規定に沿ってお洒落をし、サップのルールや先輩方の教えを遵守し生きる人達。

 

(……この説明だけだと、かつてのネコノヒゲのような誤解を招くと思いますので、後述します)

 

 

《コンゴで着飾る男性=みんなサプール?》

 

サプールは、自己申告制ではありません。

 

彼をサプールとして認めるのは、地域の人々であり、地域の先輩サプールであり、聖地に集う各区のサプール達。

 

サプールは「各地区の代表者」というポジションを擁しています。

 

つまり、単にお金を使って派手に着飾る「お洒落な人」というだけでは、サプールとは認められないのです。

 

 

《サプールは普段何をしているのか?》

 

コンゴ共和国は、世界でも有数の「貧困層の割合が高い国」(人口の88%が貧困ライン以下)で、現在の平均月収は日本円に換算して約2〜3万円。

 

(個々で幅はありますが、サプールの多くはこの収入の約半分をやりくりして洋服代に当てています)

 

インフラ整備はあまり進んでおらず、水道も空調設備もなく、洗濯物は手洗いが当たり前の環境、街には映画館などの娯楽施設も見当たりません。

 

その中で、大半のサプール達も普段は街の人々と同じ姿で、日々の仕事に就き生活しています。

 

そして週末、彼らは何時間もかけてシャツから靴まで身に着けるもの全部をコーディネイトし、がらりと装いを改め「サプール」となるのです。

 

 

……そして、本質に迫る疑問。

 

 

《サプールは何のために着飾るのか?》

 

ネコノヒゲが初見で違和感を覚えた、いわゆる「勝負服」と「背景」のギャップ。

 

このバックグラウンドとなる国の歴史・生活環境に、サプールの生まれた原風景があります。

 

 

サプールは、パリの紳士達がコンゴの街を訪れたフランスの植民地時代、そのファッションに憧れを抱き、さらに70〜80年代にフランスに渡った移民がコンゴに「フランス信仰」を持ち帰ったのがきっかけと言われています。

 

(かつての日本人が異文化に触れた時に近い感覚だったのかもしれません 突如目に飛び込んできた見慣れないファッションは、当時のコンゴの方々には特に斬新かつスマートに感じたのではないでしょうか)

 

 

「貧困層の割合が高い」生活水準と収入の中で、それでも高級紳士服(特にブランドもの)への憧れと情熱を絶やず、お金を貯めてはこつこつ1点ずつ購入し続け。

 

ついに上から下まで全てコーディネートした方々が、それらをどれだけ誇らしく装ったか。

 

その装いを目にした方々が、どれだけ羨望の眼差しを注いだか……想像に難くないと思います。

 

 

しかし、彼等は外見だけを華美に装うことを良しとしませんでした。

 

コーディネートのルール(使う柄や配色の制約等)に則った個性・センスを磨くのに留まらず、ちょっとした仕草や目線配りといった、美しい所作も追求。

 

さらに日常でも、男性として勇敢であり、人を敬い、自身が周囲から尊敬される振る舞いを心掛ける。

 

……いつしかコンゴのお洒落は、「人/紳士としての生き方を磨く」側面も持つ「サップ」という形に昇華されていったのです。

 

 

《サップ/サプールと地域の人々》

 

娯楽の少ない地域の中、サプールは身近なエンターテイナーとしての役割も担っています。

 

普段は自分たちと変わらない生活を送っていても、週末には装いを改め、地区代表の「サプール」として周囲の憧れを一身に集める彼等は、日本でいう「近所の知り合いが芸能人」のような存在に近いのでしょうか。(……もしくは、地区ぐるみで正体バレしている変身ヒーロー?)

 

ただ、上でも触れたように、彼等はファッションを通じて「人としての生き方」も提案している面があります。

 

生まれ育ったこの国で、いくら働いても貧しさから抜け出せないが為、働く気力を失い荒む若者達に、「サプール」を目指す(=賃金を得て、ブランド服を購入するという目標設定)ことで働く意欲が湧くきっかけを作り、さらに「サップ」という人生観を伝えていく。

 

またその意欲が、地域の活性化にもつながります。

 

例えば、ニーズが多ければ近所に高級ブランド服を扱う洋品店が出来ますし、それに伴い周辺の経済効果も上がっていく等のプラスサイクルを生み出す。

 

一つひとつのエネルギーは小さくとも、引いては「国を変える大きな原動力」となる。

 

サプール達は確固たる信念の元に装っているのです。

 

 

また、彼等は謝礼付きで式典に招待されたり、葬儀や婚礼等にも招かれます。

 

なぜなら、「サプールがその場に『存在する』ことにより、イベントの格式が高くなるから」。

 

 

 

《受け継がれる「サップ」の精神》

 

街の先輩サプールの元には常に、彼に教えを乞う後輩サプール候補達(サプールになりたいと願う若者達)が集います。

 

しかしサプール候補達は皆、自発的に集まっているのであり、決して誰かに強要されたのではなく、また先輩サプールも「来る者拒まず 去る者追わず」というスタンス。

 

当人の熱意が問われます。

 

 

リーダーが若者達に伝授するのは、コーディネートの基礎や綺麗なネクタイの結び方等の外観のテクニックだけでなく、常識やモラルといった道徳観念も含まれます。

 

そのため、ルールや約束を守らない後輩に、時に厳しく、時に諭し、人として正しく歩む方向へと導きます。

 

つまりサプールは「お洒落の手本」であるのと同時に、サップを伝える「師匠」でもあるのです。

 

手塩に掛けて育てた後輩サプールが、聖地マンブルーで社交デビューする時などは、先輩自らが似合うスーツを見立て、買ってあげることもあるようです。

 

晴れ舞台に、一人前になった後輩に一か月分の給料を遥かに越える装いをさせ、伴って行く先輩の嬉しさは格別でしょう。

 

 

《サップと平和》

 

サプールにとって、チーフ一枚、靴下一足に至るまで「自己表現をする半身」そのもの。

 

しかし、先輩サプールの中には、内戦の際、戦禍を逃れるために泣く泣く大切な服や靴を地面に埋めて家を離れた方もいらっしゃいました。

 

自分達のアイデンディティーを残して避難しなければならない緊急事態もさることながら、ほんの数日の避難のつもりが、長引く戦況によって数か月になってしまい、湿気を含んだ土のせいで衣類が全てダメになってしまった時の嘆きがどれほどだったかと思うと、余りに切ないです。

 

持ち出す時間もなかった方には、焼失や略奪などの憂き目にも遭ったでしょう。

 

しかし、その悲しみから立ち上がった強さも、またサプールの精神。

 

 

服を汚したり破るような争いは、あってはならない」。

 

 

このコンセプトは、単純に「高いお金で購入したブランド服を傷めたくないから」というだけの理由や、争いから目を背ける言い訳にしているのでは決してなく、内戦によって不本意に服達から引き離され、「お洒落は平和の上に成り立つ」ことを肌身で実感した先輩方からの教訓であり、後輩達に着実に語り継がれている精神。

 

着飾る=サプールの誇り。

 

大切な服に傷をつけてしまうような喧嘩や戦争を自ら仕掛けるなど、サプールとして最も恥ずべき行為なのです。

 

 

「サプール」が土埃の舞う街を小粋に歩き、時に軽やかなステップ(番組では“スコンテン”というステップの一つを披露していました)を踏む。

 

サップとは、生き方であり、芸術であり、コンゴ共和国に美しく花開いた文化

 

人を敬い、自分を信じ、誇りを持って生きよ。

 

 

世界のデザイナー達をも刺激するお洒落紳士達を、ネコノヒゲは尊敬します。

 



 

サプールとブランド

サプールに心惹かれたのには、個人的な思い入れも絡みます。

 

家庭の事情にょり、年齢1桁代からの遊び場が、いわゆる「オートクチュール」(=響きは良いですが、単にオーダーメイド専門店だったと思います)の作業場。

 

与えられたおもちゃ類より、余った端切れを切って勝手に縫って遊ぶ方が断然楽しく、綺麗なモデルさんがポーズを取っている豪華な写真がたくさん掲載されたファッション雑誌の山は、いくら見ていても飽きが来ず、クライアントのと打ち合わせに使用するデッサン画用の紙や色鉛筆・絵具も使い放題。

 

作業の邪魔さえしなければ誰も怒らないので、パラダイス。

 

しかし勿論、顧客のオーダー → 採寸 → 生地決定 → 型紙制作 → 裁断 → 縫製 → 試着 → 微調整 → ロゴ入り化粧箱と紙袋に入れてお渡し の流れはいつもしげしげ観察していました。手縫いで一直線に縫い上げる技ときたら……超絶技巧。

 

しかし中でも子供心に一番スペクタクルだったのが、「何も無いゼロの状態」から「1つのモノが完成する」までの工程だったのだ、と今では分かりますし、ブランド服は品質・デザイン・制作技術とも洗練されています。価格差には当然相場も理由もあるのです。

 

プレタポルテ/既製服もやはり、パターンや試作等ほぼ同じ工程を通ります。服1着の完成までにかかる高度な技術と手間と労力を肌で感じた分、洋服を大切に手入れし愛してくださるサプールの方々を、より一層愛しく思うのかもしれません。

 

 

今も心に生き続けている、当時のスタッフの方の言葉が2つあります。(自分の落書きに色を付けている時だったかと)

 

 

「(服のコーディネート時に)色は3色以上使わないのがいい」

 

「ストライプとペイズリーとか、違う柄を2種類コーディネイトできる人は、お洒落上級者なんだよ」

 

 

……子供相手に、世界共通のお洒落の基礎を真摯に教えてくれていたのだと、サプールを知って再認識したのでした。

 



謝辞

写真のサイト掲載に当たり、写真家 茶野邦雄様がご快諾くださいましたこと、また、当方の不足情報も補ってくださり心より感謝致します。

 

貴重なお時間を割いて頂いた際、肩肘張らずさらりと吹く凱風のようなお人柄を感じましたが、そのイメージに違わぬ写真集が出版されています。

 


※Kindle版

 

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CREDIT: ANET INC./SAP Division


 
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